音楽を小説にする【虹:福山雅治】

小説

濃い色

今日、ふうりんがアイドルを卒業する。

だから僕は今、渋谷のライブ会場に足を運んでいる。
教科書に出てきそうな冬型の気圧配置を天気予報で見たせいだろうか、からっとした北風の存在を強く感じる。

ふうりんを見つけたのは3ヶ月前の上野公園野外ステージでのことだった。

上野のとある有名なサウナに行く前に上野公園周辺を散歩していたら、テンポの良い音楽と甲高い声が小さな野外ステージから聞こえてきた。サウナは夜に入りたいこだわりがあったので時間つぶしを兼ねて、当日券1,000円を払いアイドル鑑賞することにした。

実は高校生の時はAKB48のファンとして握手会や劇場公演をよく観に行っていたので、懐かしい気持ちでライブ鑑賞をしていた。

次から次にアイドルグループが出てきてダンスを披露し立ち去っていき、ステージ後ろでチェキ会を開催している。地下アイドルの公演を観るのは初めてであったが、やはりAKBグループのダンスやMCレベルは高かったのだなと思った。

かつては夢中になっていたアイドルを見てもインスピレーションが起きないのは、目の前の子たちのせいだろうか?それとも僕が良くも悪くも大人になったからだろうか?

そんな自問自答を頭の中で繰り返すうちに、陽も落ちてきたのでそろそろサウナで整ってくるかと思った時だった、ステージ上の青色が他の色よりも輝き躍動しているのが見えて脳内がスパークした。

すぐさまインスタとTwitterで人物特定をし、フォローをしておいた。そのグループのライブを見てその日はステージを後にした。

後日、何度かふうりんが出演するライブを観にいったが、やはりあの日みた輝きは変わっておらず、この子は私の女神だと確信した。

顔が好みあること以上に、ステージ上で誰よりも楽しそうに踊っていて、この子は本当にダンスや音楽が好きなんだなということが伝わってきた。

そんなふうりんの卒業ライブがついに開演する。

僕はにわかファンであったため客の中に友人はいない。

周囲には絵に書いたようなオタクのおじさんもいるが、アイドルに憧れている大学生ぐらいの女の子もペンライトを握りしめて今か今かと開演を待っている。SNSのフォロワー1万人のふうりんはきっと年齢・性別関係なく多くの人の希望の光となっていたんだな、と尊敬の念がこみあげてきた。

だけどそんな希望の光も今日で消えてしまうことが公言されている。

にわかファンなりに彼女を女神として拝めてきただけにさみしさがあるが、そんな哀愁は彼女にはふさわしくない。

「今日は、私の卒業ライブです!皆さん全力で楽しんでいってください!」

ほら、開演前アナウンスでも彼女は楽しさを表現している。

ライブはあっという間だった。
あの日彼女を見つけた時と同じく、青い光が目の前でスパークしていた。

ライブが終わると運営さんがチェキ会の準備をし始めたが、僕はチェキ会に参加することなく早々と家へと向かった。推しの最後のチェキ会に参加しないなんてファン失格と思われるかもしれないが、それでも僕は家へと急いだ。

家に帰ると数年間ロフトに置きっぱなしにしていたクラシックギターを取り出し、チューニングを始めた。ケースは埃にまみれていたが、中身は数年前に封印した時の状態を保っている。

そう、僕は想い出したん。ふうりんがステージ上で発する濃くて色あせない青い光を見て想い出したんだ。社会人になってからずっと閉じ込めてきた本当の自分の気持ち。本当にやりたかったこと。

家路を急ぐ間にこらえてきた涙がすーっと頬をつたっているのを感じながら、僕の一番好きな曲を、ふうりんに聞いてもらいたい曲を、誰もいない部屋で一人で演奏した。

不思議と指先の感覚は色あせていなかった。

参考曲:虹 (福山 雅治)

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